侍の心構えと呼吸

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今回は、武士たるものに求められた常日頃の心構え、そしてそれに付随し、武道や殺陣の基本中の基本、“呼吸”について書きます。

私達は日常で無意識に呼吸を行っていますが、昔の日本人・侍には常に意識的に呼吸を行い、すぐに動ける身体をつくり、そして相手に心を込めて動作を行っていました。

1. 武道における呼吸

武道や殺陣において、何をするにも常に重要となってくるのが、呼吸です。

日常では呼吸は無意識に行われています。
しかし武道では、立つ、座る、歩くといった些細な動作であっても常に意識的に呼吸をし、その呼吸に動作を合わせることから始まります。

つまり昔の日本人、そして武士の動作を体現するには、まず呼吸からということですね。
武道において呼吸とは、吸う息と吐く息だけであり、止めるということはありません。
息を止めると、息は胸に詰まり、肩が上がった姿勢となります。

小笠原流礼法では、息を止めた瞬間に身体は“死気体”になると言います。
死気体とはつまり、武道において、“身体が死んでいる状態”であるということです。

2.生気体と死気体

昔の日本人、特に武士には、
“常に一挙手一投足隙がなく、しかも外見は自然に振舞えること”が求められました。

これを礼法では“生気の体”と言い、ものを見るにも、ものを聞くにも、ものを言うにも、手足を使うにも、真剣に取り組み行動することです。
わかりやすく言えば、心のこもった立ち振る舞いと理にかなった動作ということになります。

反対に“死気の体”とは、心のこもらない見せかけだけの動作で、身体が曲がっていたり縮んでいたりと不自然な状態で、これでは隙が生まれてしまいます。

具体的に言えば生気体の姿勢とは、意識を頭から手足の先までくまなく拡げ、一定の緊張状態を保つ、しかし一定の緊張はしていても身体は緩んだ状態。

緩んだ身体を作るには呼吸が不可欠です。ただ歩くにしても、姿勢を正し、呼吸を意識して歩くということが生気体であり、武道の基本です。

隙がないということは、神経が身体のすみずみまで行き届いている状態です。
静かな時は心身ともに穏やかですが、その状態から有事の際にはすぐに動に転じることが出来ることを「静中動(じょうちゅうのどう)」と言い、この静中動の姿勢が武士には求められます。

3. 無構えの構え

二刀流で有名な剣豪の宮本武蔵は、剣術の奥義をまとめた「五輪書(ごりんのしょ)」を執筆しましたが、
その中で、有構無構(かまえありて かまえなし)と説いています。

二刀流と言えば大きく構える印象が強いですが、有名な宮本武蔵の肖像画を見ると、二刀を持ってはいるものの、肩をダランと落とし、構えていません。

しかしただ構えていないということではなく、刀の持ち方、振り方を変えるだけで上段にも中段にも下段にもすぐ転じることが出来る。
型にとらわれることで動きが鈍くなることと説きます。

この「無構えの構え」は静中動の構えとも言えます。
全身はリラックスしていながら、隙がなく、すぐさま動きに転じることが出来る構えです。

4.日本人にとって大事とされてきた、肚(はら)

臍下丹田(せいかたんでん)という言葉を一度は耳にしたことがあると思います。
武道の教室などでは度々飛び交う言葉です。

丹田はへそ下5cm、そしてさらにそこから背中に向かって5cmの場所にあるとされているのですが、
そもそも丹田とは一体なんなのでしょうか。

この場所には腸があり、丹田という器官はありません。
中国では不老不死の薬を丹と言い、田とは物が生ずる場所のことです。
つまり丹田とは、生きる力が練られる場所ということですね。

古くから日本では、この丹田すなわち肚が力の源であると考えられて来ました。
「腹をくくる」や「腹を決める」という言葉があるように、日本人はいつもここに意識を置いてきたのです。

正しい姿勢で意識的な呼吸を行い、そして肚に常に気力を満たせておくことが昔の日本人の日常の基本とされています。
しかし現代では日本人はこのことを普段から意識してはいませんよね。
しかし武道や殺陣では丹田はとても重要なことなので、知っておく必要があるようです。

多くの武道では丹田に力を込めることで身体の動きを発揮させると教えられますが、医学的にも丹田の周りには、四肢を根底から支える筋肉があるのです。

しかし丹田に力を込めると言ってもむやみに力を入れると逆に身体は動かなくなります。
丹田には、自然な力を意識し、身体自体は緩んでいる必要があります。

緩みに欠かせないのは、やはり呼吸…!

4.呼吸に動作を合わせる

緩んだ身体をつくるには、立つ、座る、歩くと、いかなる動作にも意識的な呼吸を行うことが大事ですが、どう呼吸したらいいのでしょうか。

武道では「動く動作には吸う息、止まっている動作には吐く息」というのが基本です。
そして、呼吸に動作を合わせるようにします。

歩行に合わせる時は、吐く息で一歩、吸う息で一歩というのが基本になります。
吐く息で二歩、吸う息で二歩にすると早足となります。

武道では、呼吸を止めるということがありません。
呼吸を止めると、息が胸に詰まって肩が上がった姿勢になってしまいます。
これでは身体の能力を発揮させることは出来ません。

5.礼三息

呼吸に動作を合わせる動きでわかりやすいのがお辞儀です。
小笠原流礼法には「礼三息(れいのさんそく)」という言葉があります。
礼三息とは吸う、吐く、吸うの呼吸にお辞儀の動作を合わせたもので、
昔の日本人はこのお辞儀をしていました。

まず、吸う息で腰から上体を曲げていき、吐く息の間体を止め、吸う息で上体を元に戻します。
体を起こす時に息を吸うのは簡単ですが、上体を曲げながら息を吸うのは慣れない動作だと思います。

相手とお互いにお辞儀をした時に、互いに頭を上げるタイミングがわからないということがよくあるかと思います。
これは、今の日本人には礼三息にあまり馴染みがないために起こることだと言えます。

人の呼吸のリズムはみんな大体同じなので、この礼三息を自分のリズムで行えば、自然とお辞儀を揃えることが出来ます。

お辞儀で大切なことは、相手に対して誠意が伝わることです。

呼吸を伴わせたお辞儀は、全身でお辞儀を行うということです。全身で行ったお辞儀は、呼吸を伴わないお辞儀よりも相手にしっかり伝わります。

【参考文献】

武道の礼法   著書:小笠原 清忠 

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